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夕暮れが宵へ切り替わろうかという頃合いに、案じていた彼からの入電があって。
ちょっぴり恥ずかしそうな響きでの、
ご心配をおかけしましたというたどたどしい文言のあと、
どういえばいいやらという えっとが続いたそのまま、
【世話ぁ掛けたな。】
いかにも“保護者です”と言わんばかりの彼奴の声と入れ替わる。
わざわざ呼んだのは他でもない自分なのだし、
なんでそんな上から言われねばならぬと駄々をこねるのも示しがつかないようで、
『いやいや、無事に収まったのならいいさ。』
そうと穏便に告げてから、
何なら明日も休んでいいと伝えておくれと伝言を頼む。
事が起きたのが昼下がりだったことと、
他の社員が出払っていた狭間だったことから、
今回の詳細を知るのは限られた顔ぶれだけだったし、
ちょっとばかり鈍感というか、
繊細な機微にやや疎いところがある国木田へは与謝野が言い含めていたらしかったので、
声高にどうなったのだと報告を求めるような無神経なことはしなかろう。
『……。』
実を言うと、太宰としても ちょっぴり躊躇したのだ。
そう、あの時に。
与謝野女医からの指示を受け、
事務所を出て、さてどっかへ敦を隔離してやらねばと構えた時に。
万が一にもあの白虎に彼が転変したならと警戒する上で監視する者は必要で。
そうともなれば、異能の性質や日頃の“教育係”という間柄から
ごくごく自然に自分が傍に居ようと思っていたし、
だとしたら、
少ないながら“隠れ家”として残しておいた自分のセーフハウスをと思ったものの、
そこでふと思い出したのが 中也という存在で。
微妙にデリケートな事態であると同時、
ともすれば彼奴と共に敦が初々しくも育んでいるのだろ、
恋情にもかかわることではなかろかと、
あらゆるケアをと考えたその端っこで ちょいと想いが至ってしまい。
いやいやいや、
これはそういうのと絡める問題じゃないでしょう
第一、敵組織の人間だし、
それに こんなデリケートなことへこそ、
保護者なつもりでいる自分がついててやるべきじゃないかと迷った。
“なのにあっさり見送られちゃったし。”
中也と入れ替わるようにあの場を離れた時、
帰るのを抵抗なく見送られ、
ちょっと寂しいなと思った辺り、
『私、実は敦くんのお父さんって感覚でいるのかもしれないね。』
『お父さん、ですか?』
訊き返されて、そうだよと相手の髪を悪戯するよに指へと絡めつつ、
『白虎に転変しないよう、頑張る中で、
もしかしたら見苦しいまでにのたうち回るかもしれない。
それか、いっそのことと手を貸してほしいという運びになるかもしれない。
どっちになったとしても そうまで恥ずかしい取り乱しよう、
好きな人に見られるのは厭だからって、付き合いの長い家族の方を選ぶか、
いやいや、だってそういうものじゃないのと、恋人の方を選ぶのか。』
あんな場合だってのに ちょっとだけ期待しちゃってたんだけどと、
自分でもそんな場合かとは思うからか、
語る口許へやや苦しい笑みを浮かべてから。
その結果がああだったわけでと肩をすくめて、
『アレだね。
まだまだ幼いと思ってた一人娘からの“一番安心できる”という座が
恋人という存在に奪われたとしみじみ痛感した、
まさに父親の気分だったのさ。』
じゃあ、バージンロードを歩くとき、エスコートするんですか?
おやおや、そんなことどうして知ってるんだい?
これでも護衛につく任もあてられる身ですゆえ、と。
悋気ももたげず、むしろ進んでこちらへ話を合わせられる余裕を見せた、
自分にとっての最愛の愛し子くんだったのへ、
ああよく出来た子だなぁとやに下がったのは ほんの今朝のこと。
昨夜のうちにも、敦本人からの連絡で “対処”は滞りなく済んだと伝えられ、
じゃあもう出番はないねと、いつものように彼の自宅へ予告もなく訪れたのに。
何をどう知っていたのやら、
敦の名をついつい頻繁に持ち出しても、
薄く反応して流すでなく、むしろ案じるような気配を示した芥川くんで。
“あ、それはここ最近ではいつもだったかな?”
もしかして彼奴を呼んだ折に向こうの傍にでもいたものか、
何が何だかと煙に撒かれることもなく静かに話を聞いてくれたし、
挙句に“振られた”なんて言い出しても、
それはがっかりなされましたね、と
甘えるように掻き寄せた薄い肩、
きゅうと押し込めたこちらの懐から手を伸ばし、
慣れない手つきで髪を撫でつつ、同情までしてくれて。
『人虎のあの危なっかしい幼さには
ついのこととてお手を延べたくなられても致し方ないです。』
鬼のような形相で あれほど“殺す”と言い続けた対象だったはずが、
やんわり笑って愛しいとさえ言いたげな顔になっている辺り。
敦くんの前世はもしかして天使じゃなかろかなんて、
神も仏も信じぬ自分が思ってしまったほどだから相当なもので。
「あ、太宰さん。昨日はあのその…。」
お世話になりましたと、尻すぼみになった幼い声へ、
滅多につかぬデスク前から回転椅子ごと振り返り、
いやいやいやとかぶりを振って、平生と同じよな笑顔で応じる。
此処は翌日の武装探偵社。
昨日の騒動、事情を知るのは国木田と与謝野と社長のみゆえ、
あまり詳細までは登らせずのやり取りとなる中、
「敦くんが無事だってことが何よりだよ。」
辛かっただろうし怖かっただろうし、
ホント大変だったよねと、
ころころと微笑って屈託なく応じたものの、
おや、と
いつぞやのようにシャツのボタンが一番上まできっちり留められ、
しかも襟の縁から見覚えのある医療系貼付薬まで覗いたのへ、
別な感慨からの苦笑がついこぼれた。
向こうもそんな視線に気づいたか、たははと微妙な照れ笑いをし、
「えっと、あのあの、寝違えまして。///////」
「そっかぁ、寝違えたかぁ。」
白々しいやり取りを交わしたところまではある意味“想定内”だった太宰だが、
何でだろうか、
まるでハネムーンから帰ってきたばかりの新婦のような印象を彼から受けるのはと、
場違いも甚だしい感慨を覚えて戸惑っておれば、
「それと、ですね。」
ちょっぴり前へ、向かい合う太宰の側へと身を倒した敦が、
何か耳打ちしたいような素振りをし。
なになに?と、そこは長身のなせる何とやら、
座ったまま背条を伸ばすという態度でこちらからも応じてやれば、
「あのあの、中也さんが “これは寸止めだから”って。」
はい?
「ホントの正式な交合りじゃあないから、
青少年育成何とか条例には引っ掛からねぇぞ安心しろって。」
太宰さんから何か言われたらそう言っとけって言ってましたと、真っ赤になって告げてから、
「ホントの大人のはもっと大変なんだからなって。
でも敦はまだ未成年だから“寸止め”だって。/////////」
うわ言っちゃった、恥ずかしぃと、
まだ幼い作りの両手でふわふかな頬をくるみ込むように押さえる少年なのへ、
「いやあの、でも…微熱が吹っ飛ぶようにってことはしたんだよね?」
「はいっ。」
ああ、宝石みたいな紫と琥珀の瞳がいつにもましてキラキラしている。
嬉しい涙で磨かれたんだね、愛情込めて愛でられたのだねと、
あっさり伝わるほどに その瑞々しさが増している少年であり。
「でもあの、僕が痛い想いをするのは嫌だからって。
大人になって今少し我慢が利くよになったらなッて。////////」
生々しい話のはずが微笑ましいことのよに聞こえるのは何マジックと呼ぶべきか。
大人ってやっぱりすごいんですねと、
まるで賢治くんばりに無邪気に納得している少年を前に、
“あの蛞蝓野郎め、こんなかっこでわざわざ惚気を聞かすとは。”
人の気も知らないでと、こそり胸に沸いた憤怒をそこへ掴みつぶすよに、
こそり胸の内にて綺麗な拳をふるふると握ってしまった、
裏社会にいまだその異名を馳せてるはずの、麗しき包帯男さんだったそうでございます。
〜 Fine 〜 17.09.10.〜09.22
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*相変わらずの妙なお話へ、
長々とお付き合いありがとうございましたvv
何だかんだあっても、どこかたどたどしくって可愛い敦くんには
世の酸いも甘いも知り尽くした上で
本来は狡猾だったり はたまた凛と厳しかったりしよう皆して
寄ってたかって甘いというところかと。
はてさて、次はどんなお話にしましょうかね?(笑)

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